クリストフ・ギュブラン、プロダクトデザイナー“新しい造形美を生み出す新技法”フラン・パルレは、ローザンヌECAL(ローザンヌ州立芸術大学)出身のプロダクトデザイナー、クリストフ・ギュブランを、東京で開かれた彼の作品展でインタビューした。2016年度スイス連邦デザイン賞を受賞したギュブランは、MIT(マサチューセッツ工科大学)で、木、紙、繊維等の素材を用いた研究を続け、とりわけ、水と3Dプリントの実験や、上記素材と水との関わりを模索している。フラン・パルレ:貴方は、新技術というものに、いきなり飛び込んでみようとしたのですか?ちなみに、いつごろから、これらの3Dプリンターを使ってみようと思ったのですか?クリストフ・ギュブラン:ちょうど大学の2年目でしたね。紙を使ての制作が課題として与えられました。これは、チューリッヒを中心とするドイツ語圏スイス人デザイナー、クリストフ・マルシャンというECALの教授と仕事をするチャンスに恵まれた企画でした。テーマとして、紙が取り上げられました。私は、すぐさま、紙が湿り気を帯びると反り返るという現象に興味を覚えました。この現象を観察しながら、手を使って色々試みました。結果沢山の紙を買うことになりましたね。色々な手動具を使って、僕自身、どうすれば、この紙が形を変えるのかを観察しました。水の影響とは何か? そこで、徐々に僕に解かってきたことは、二つの事に注目しなくてはならないということでした。即ち、垂らす水の量と垂らす場所です。要は、適量の水を、適正な場所に垂らすということです。そこで、単純に僕は考え、「じゃあ、家にあるプリンターに水を入れてみたらどうなるだろう?」と思ったのです。実際、家の仕事部屋でやってみました。素晴らしい出来でした。5日間に亘って実験し、実に上手くいきました。でも、5日後に、そのプリンターは動かなくなり、また買うはめになりましたが…フラン・パルレ:お金がかかりますねぇ…クリストフ・ギュブラン:うん、まあ、実験の一環ですよ(笑い)。ともかく僕は、水を入れてみました。その結果として、幾つかの手がかりが得られました。どんな液を入れるべきか、少々調整しなければなりませんでした。主として、水を入れましたが、印刷出来る様に、水に、一・二適の混合液を加えました。それは、こう言っていいかどうか、それらの機械を使って行う、僕の実験の始まりにすぎませんでした。でも、とてもシンプルな方法で、それ以上にはなにも手を加えずにする実験でした。どちらかというと、与えられたものとは別の何かを作り出そうとする試みでした。それこそが、今、僕が取り組むべき仕事だと思っています。僕は、それらの機械を創り変えたいのではなく、従来の使い方とは違った方法を考案したいということなのです。これらの機械を、どうしたら創造的な媒体にすることが出来るか、とりわけ、既成の使い方とは違ったやり方を編み出したいということなのです。フラン・パルレ:一般の人達に、幾つかのモデルを提供されるといいですね。商品化される可能性は?クリストフ・ギュブラン:そうですね。繰り返しになりますが、私の能力は、どうもリサーチの方に向いているようです。これらの新技術を使って、創造的な仕事をしたいのです。市場、伝統的な生産システムが、それを受け入れる体制にまだなっていない、その可能性がまだないのですが、僕としては待っていられないのです。僕はすでに違った種類の素材をさがしていますし、別の機械を使ってすでに仕事もしています。僕自身の考案した機械も開発中です。もちろん、あるブランドが、僕のやり方から、別の造形美を創り出せると思って、制作してみようと望んてくれれば…… 繰り返しになりますが、僕のデザイナーとしての展開もまたあるわけです。要するに、僕は、現在、人に買ってもらえる具体的な物を作ってはいませんが、今に、これらの新しい技法、新しい技術を用いて、新しい造形美を生み出せると考えています。実際、僕の関心を引くのは、そこなのです。それは、僕の作法を明示することなのです。既存の技術に、僕のデザインを当てはめるのではないのです。即ち、僕の造形美は、この新しい技法からも生まれるということです。僕は、技法が違えば、いわば違った造形美が生まれると思っています。木で、何を作ることができるか?繊維で、何を作ることが出来るか?と、もう一度考え直してみることが好きなのです。そうですね、僕たちがしばしば固定観念でしばられている、これらの素材的物質に対してです。例えば、木で、こうも出来るよ、繊維で、こうも出来るんだよ、という具合に。僕にしたら、「ほら、今では、これらの新技術を使えば、こんな物も作れるんですよ」と言いたいのです。フラン・パルレ:ところで、貴方は、コンセプトについて、新しい物の考え方について、大いに腐心していらっしゃるようですが、実際のところ、どうやって、生計をたてていらっしゃるのですか?クリストフ・ギュブラン:まあ、デザイナーとしてでしょうか。ご存知のように、若いデザイナーが生きていくのは、容易なことではありません。即ち、デザイナーというものは、言ってみれば、組織のようなもので、また繰り返すようですが、既成概念に基づいて仕事をする従来型の考え方では、ロイヤリティのもとで仕事をするということになります。例えば、ある物をデザインします。沢山売れてくれるようにと願いながらですね。個々の物に対し、会社は複数の物を製造し、ロイヤリティと呼ばれる極く少ない何パーセントかを僕たちに支払います。現行に行われているのは、こんな具合です。でも、ある物が生産され、販売され、人に買われるという過程を待つのは、とても長い気がします。即ち、ロイヤリティを期待するということは、僕やディミートリー・バエラーのような若いデザイナーにとっては、耐えがたいのです。時間がかかるか、さもなければ、有名人でなければならない。だから、企業が、僕たちを少し信頼し、僕たちと物づくりをすることを、怖がらないで欲しいです。即ち、素晴らしい作品を作ったら、企業は、それを売りに出す。作品は素晴らしいのですから、企業はそれが売れると解かりますよ。或は、先ほど、インタビュー外で話したルアナール氏のような、有名デザイナーで知名度が高い場合、企業はこう言うでしょう。「わが社で、ルアナールの作品を製造したら、ルアナールを見に来て、“ああ、僕もルアナールの作品が欲しい”」と。こんな風に上手くいきますよ。でも、スイスでは、僕はスイス出身で、すいません、僕ははっきりと出身地をいいませんでしたね。僕は、スイスのフランス語圏の出身です。このインタビューは、何語圏を扱っているのですか?(フランス語圏全域です。)要は、こう言いたかったのです。スイスには沢山の賞があります。デザイン分野はとても恵まれていて、今日、企業家達も、創造的な仕事をしている人たちに、少し興味を持ち始めています。スイスでは、教育に、それも、英才教育に、大いに力が注がれていることに気がつくべきです。英才教育を重要視するのは、スイスには、資源がない、それも殆どないからです。時計を除けば、本当に我々の暮らしを支える産業というものが、ほとんどありません。時計といっても、高級時計ですからね。ですから、スイスという国は、教育に重きをおかざるを得なかったのです。特に、EPFL(ローザンヌ連邦工科大学)とか、EPFZ(チューリッヒ連邦工科大学)、ECAL(ローザンヌ州立芸術大学)がそうです。そんなわけで、スイスは、教育を推進し、奨励しています。賞について言えば、スイスはデザイナー達を支援してくれます。僕はといえば、今年、スイス・デザイナー賞をとりました。これは、スイス全域、ドイツ語圏も含めた全てのスイス人に与えられる賞です。また、ユブロー・デザイン賞も頂きました。これは、権威ある賞の一つです。賞金面ではということですけどね。それは、まだ創設されて間もない、まだ2年目の賞です。こちらも、かなりいい賞で、業界の出す賞です。僕は、こちらの賞を頂いたことをとても誇りにおもっているのです。というのは、この賞は、企業とは何か、企業が今日どう自分を位置ずけたいのかを、究極の意味で表明している賞だからです。企業がこの賞を僕に与えたということは、僕の仕事が、少しは希望があり、未来志向でもあり、企業に関心を持ってもらえるものだという証拠になるからです。ユブロー賞は、時計業界が出す賞ですが、この場合、伝統や、素晴らしい技工を追うだけではなく、「私達も時計に、色々なテクノロジーを応用したいのですよ」という、時計業界の意思のようなものを感じます。フラン・パルレ:貴方は、AlessiやNestléの仕事もされましたね。話は、彼等のほうからあったのですか? 入札とかコンテストに挑戦したのですか?どうやって、実現したのですか?クリストフ・ギュブラン:再び、ECALを通して行われました。そこで、僕は、デザインの修業を始め、デザインが提供するあらゆる可能性に遭遇することができました。今日、僕は、実験という、その一つを選択し、それが、テクノロジーに接近することになりました。やがては、MITのような工科系大学とか、一緒に仕事をしているスカイラー・チビツ教授の自動組み立て研究所と関わりが生じました。また、ECALでは、ブランド企業と一緒に仕事をすることもまた学びました。この学校に通っていて、そういったことは、素晴らしいことでしたね。大学2年生でしたからね。ほんとうに、ごくごく若かったころです。ミラノで、Alessiのような会社を訪ねて、自分の企画を提示してくるようにと言われました。ですから、僕としては、一介の大学が、名声があり、優秀だからといって、そんなことを申し出ることが出来るとは、本当に、信じられません。その当時、ピエール・ケラーが行った偉業によるのです。彼もまた、フランス語圏の人で、この学校に多大の貢献をしました。今日では、アレクシス・ゲオルガコプロスがその業を引き継いでいます。ですから、この学校は、僕の様な若いデザイナーたちに、大企業との仕事を可能にしてくれているのです。思うに、大方のデザイナー達は、Alessiと仕事が出来ることを夢見ていると思いますよ。デザイン部門に於いては、巨大企業ですからね。このイタリアの企業が、あの品物を作ることを許可してくれたのです。僕たち生徒は、30人でした。5つの作品が選ばれ、製品化されました。その中で、僕の作ったものは、ずっと今でもAlessiで製造されています。僕は、Nestléとも仕事をしました。やはり、大学2年生の時でした。僕にとっては、全ての事が、ECALの2年生の時に起こったのです。チョコレートの形をデザインすることになりました。デザイナーとしては、素晴らしい仕事です。別の広がりをもたらしてくれるからです。それこそ、僕たちの仕事の素晴らしい点で、僕がずっと有名ブランドでの仕事を拒んできた理由もまた、そこにあるのです。僕は、ある有名靴ブランドで直接働かないかと、幾つかのオファーをもらっていました。でも、僕にとって、それは、こう言うことでしかありませんでした。「今、僕は、靴などにかかわっている時ではない。たとえ、靴の仕事が面白いとしても、夢中にさせてくれるなんて思わないだろう。 むしろ、新しい世界を発見したり、なにか学ぶことの妨げとなって、僕を悩ませるだけだ」と。このデザイン業界は、始めは、それほど収益が望めないということを除けば、実際、独創的で、絶えず学べる環境にあります。そんな時、僕は、Nestléのため、チョコレートのために、スイスチョコレートの本拠地Brocの町にオフィスのあるCailler社で働くことになったのです。次いで、その企画に、夏休みの3か月間、派遣されることになりました。色々な店で働く者もいれば、学生アルバイト的な仕事をする者もいましたが、僕は、Nestléで研修するチャンスにめぐまれ、品質改良研究センターに配属されました。そこでは、顧客にもっと楽しんでもらえるような、チョコレートの形、味について再検討するのです。形に関して語る時、しばしば、エルゴノミクス(人間工学)について語られます。実際、僕が形に興味を持ったのは、そこでエルゴノミクスについて大いに研究するからです。僕が、建築に於いて言っていたことに話をもどします。ある縮小型の物をみて空想し、直ちに拡大された大きな姿を想像出来るかというと、それは、とても難しいと僕には思えるのです。Peter Zumthor(建築家)のような人で、ホールの中で、第一段階の模型が作れる人をのぞいては。デザインの世界では、僕たちは、その形と直接関わることが出来ます。手をだして、ある物をつかんで、上手く手に乗るかどうかやってみることも、上手く動かせるか、どうやって使うのだろう、お祖母さんにあげたら、お母さんにあげたら、どんな反応をみせるだろうなど。この場合、チョコレートは、一種の人間工学の世界です。私にいわせれば、最も個人的なエルゴノミクスです。こういうことなのです。口には、どんなものを入れたらいいのだろう?口の中で、それはどうなるのだろう? その結果、形は、口の中の状態と、関連があるのだろうか? 例えば、溶けるチョコレートだったらどうなるのだろう?そこで、僕は、物の色んな特質について調べ 、7つの大罪を学習し直しました。こういうと、ちょっと話がストレートすぎるかな。要は、僕に関心があるのは、「一片のチョコレートの中に、どんな特質を求めようか?」ということでした。僕たちは、味に関しては、その特徴をあれこれよく話題にします。それは、味にこそ、僕たちの関心があるからです。反面、形状の特徴に関しては、殆ど話題にのりません。即ち、板チョコは、ミルクチョコレートでも、ダークチョコでも、カカオの量が多くても、ヘーゼルナッツ入りでも、たいして形に変化がありません。形は、すでに問題なしなのです。そこで僕が興味を持ったのは、どんな形にしたら、口中での体験をもっと豊かに出来るかについて考えること、即ち、チョコレートの形に関して考えることでした。例えば、ダークチョコレートですが、僕は、もう少し粗く、もう少し多面的にしてみました。それを口に入れると、もっと濃厚に感じます。“怠惰”について考察してみました。ミルクチョコレートをほんの少し。すると口の中で溶けます。こんな風に、とても薄いものになります。“大食”と呼ばれるチョコレートや、“寛大”というチョコレートも作れます。どうやって、形の上で、“大食”を表現するのかですって?人間は色々ですが、形も色々です。形はとても多様で、結局、これら全ての形が、味を誘導するのです。ですから、デザイナーとしては、形が重要で、ついで、機能、味ということになります。味は、デザイナーとしては、慣れない分野です。ですから、助けてもらいます。他分野には、沢山の専門家がいますからね。結局、これらの専門知識を結集することで、チョコレートの全体像を生み出すことができるのです。チョコレートのような小さなシンプルなものでも、とても面白い一つの仕事を導き出し得るのです。東京、2016年10月28日インタビュー:エリック・プリュウ翻訳:井上八汐
クリストフ・ギュブラン、プロダクトデザイナー
投稿日 2016年12月10日
最後に更新されたのは 2023年5月25日