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フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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Rédacteur en chef: Éric Priou
Rédaction: Karen, Shigehiro Kobayashi, Utako Kurihara, Rika S., Hikaru Taga

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ジャズピアニスト、ジャン=ミッシェル・ピルク
投稿日 2018年10月19日
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ジャン=ミッシェル・ピルク-プレパ(2年制のグランゼコール受験準備校)出身の“即興”演奏家
 
ジャン=ミッシェル・ピルクは、27歳の時、ポリテクニック卒のエンジニアからプロのジャズピアニストに転身した。音楽のために、彼はフランスを去り、1995年から2015年までニューヨークに居を移し、ニューヨーク大学シュタインハート校で、主に即興演奏を教えた。沢山のCDを録音しながら、とりわけ、ヨーロッパ、アメリカ合衆国、カナダ、日本で、ソロやトリオ活動をしている。やがては、モントリオールに住まいを移し、そこにあるマギル大学のジャズ教師のポストを手に入れた。新宿ピットインでの彼のコンサートのあとで、慌ただしく行われたFPとのインタビューをここに掲載します。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:経歴によると、君は先生につかずに、独学で、ピアノ、ジャズを始めたのですね。
ジャン=ミッシェル・ピルク:そうです。まあ、こんな風でした。初めは、年配の、とてもチャーミングな婦人から、クラシックピアノの手ほどきを受けました。7,8歳の頃でした。彼女の指導を2,3年受け、モーツァルトやベートーベンのソナタ、一番やさしいソナタ程度は弾けるようになり、それから、ピアノが嫌いになり、やめてしまいました。次に、クラリネットを始め、ジャズというものに出会います。8,9歳の頃です。そこで、僕としては、クラリネットジャズを演奏したくなったのです。それから、ある時、またピアノをやってみたくなり、再開します。そんな訳で、勝手に、自分自身で、クラシックピアノを続け、一方では、レコードで聞いたジャズをピアノで弾き始めたのです。レッスンは一度も受けたことはありません。いつも自分一人で、録音されたものや、僕自身の思いつき、或はその場の気分で弾いていました。あの時代は、大抵の音楽家は、あんなものでしたよ。独学だったのです。ジャズ学校などありませんでしたから。いや、あったとしても、少なかったのです。僕たちが崇拝してやまない、30年代、40年代、50年代のジャズの大家達は、大多数が自己研鑚でした。
 
フラン・パルレ:ちょっとびっくりするのは、今や君は、即興演奏の先生です。
ジャン=ミッェル・ピルク:とても滑稽なことだと思いませんか?考えて見てください。かなり奇妙なことですよ。僕自身、教え始めたとき、「全く馬鹿げたことだ。僕が一人で学んだことを人に教えるなんて!そんなことは、誰にも教わらずに学べることなのに」と思いましたね。僕は、ジャズは、何といっても、口承伝統であり、この音楽を知りたい、好きになりたい、もっと深く探ってみたいという個々の欲求が、拠り所になっていると思うのです。結局、言葉のようなものです。でも、実際、言葉の学校、語学講座というものは存在します。要するに、物事を学ぶのには、たった一つのやり方ではないのだ、ということに気がついたのです。ある言葉を学ぶのに、街の中や、両親や、友達からその話し方を学ぶことが出来ると同時に、学校でも、その言語を知ったり、学んだっていいわけです。そこで、学校の生徒達に、僕の体験を教えればいいのだということに気が付いたのです。僕の体験は、教化的に教える大多数の先生の体験とは違っていて、とても直感的で、論理的ではありません。身体表現や、リズム演習や、歌の練習といったものを基礎においています。僕は、自分が学んだようなやり方で音楽を教え、それは、かなりユニークな教え方なので、僕の様に教える人はそれほど多くはいませんね。メソッド(方法論)がないので、却って難しいかもしれません。僕の教え方は、いうなれば、生徒それぞれに合わせたやり方なのです。生徒一人一人は違っているので、生徒毎に僕のメソッドは変わります。先生の僕の方が、変わるとでもいったらいいのかな。
 
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© Robbert Kamphuis
フラン・パルレ:そうは言っても、生徒に即興演奏を伝える際に、方向性、指導理念というものはないの?
ジャン=ミッシェル・ピルク:それはあります。リズムとメロディーと低音です。私にとって重要なのは、この3つの要素です。大勢の人達は、ジャズ用のコード(和音)表、ずらっと並んでいるコード表に従って、即興演奏をしていることを知りました。そんな即興の仕方をするので、まるで機械仕掛けのようです。そのことは、多くの学校にとって問題ですよ。その方法しか教えないので、生徒は、音楽の断片しか演奏せず、そのメロディーすら知らないということになるのです。ただ単に、コード表について、あれこれと教えているだけです。僕にとっては、即興とは、とりわけ、リズム、そして、メロディーと低音が基本になります。そのことを僕は本棚に例えます。本は、右側にメロディー、左側に低音、その下に、棚、つまりリズムがあって、しっかりと支えられているのです。そのことを念頭に置きながら、メロディーをどう聞かせるか、どう歌わせるか、どう転調するか、どう演奏するかと、あらゆる角度で検討します。音楽を理解することは、言葉を解釈するのと似ています。僕にとって、これら3つの要素は、言葉の基本構文のようなもの。主語、動詞、補語に当たっていると思わない?僕が生徒と勉強する多くの事は、その点に重点をおいています。また、僕は、彼等と一緒に演奏も沢山します。僕の教室には、2台のピアノがあるので、ピアノ・デュオをしたり、生徒達が、別の楽器をやれば、それと合わせます。
 
フラン・パルレ:質問があります。
ジャン=ミッシェル・ピルク:どうぞ。
 
フラン・パルレ:その場合、君は大学で学生達と演奏するだけではなく、彼等とコンサートにも出るの?
ジャン=ミッシェル・ピルク:両方です。大学では、レッスン、教室の一環として演奏し、コンサートでも演奏します。時に、こういって僕に声をかけてくる生徒がいます。「先生、僕、某所でコンサートをするのですけど、先生も入ってやりませんか?」と。彼等は、いつもちょっと申し訳なさそうにいいます。出演料は、たった3フランだから。それに、僕がノーと言うのではないかと、いつも恐れています。大抵の場合、僕は、OKしますけどね。それは、僕の教師としての努めの一環でもあると思うからです。それは、彼等にとっても、僕にとっても、大切なことです。
 
フラン・パルレ:フランス人として、アメリカ合衆国、次に、カナダに住まいを移して、現地での受け入れられ方はどうでした? というのは、ジャズは、どちらかというと、アメリカ合衆国が本場だから。
ジャン=ミッシェル・ピルク:僕は、そのことは、余り気にとめませんでした。自分をそれ程フランス人だとも思っていないからです。愛国者を悲しませるつもりはなく、多くの面で、フランスという国が好きなのですが、でも、自分をとりわけ一人の人間、世界の一市民として考えているのです。そんなことは、僕にとって、今だかつて、大して重要なことではありません。今まで、注意を払ったこともありませんでした。(僕は、長い間、多少世間知らずだったのでしょう)。後年になって、絶えずそのことを利用する人がいることに気が付いたけど。自分の肌の色、人種、出身、国籍、一切合切を利用する人達です。音楽と政治を取り違えているのです。僕は、個人的に、そのような態度が好きになれません。僕は、自分を音楽家と考えています。今晩のように、演奏している時、僕はフランス人ではなくて、僕なのです。演奏している時は、別の惑星にいるのです。どこかよその、もはや日本でもなく、他の土地でもありません。ともかく、そんなことは意識しません。でも、率直に言って、アメリカ人は、はっきりとは態度に出さないまでも、ジャズ市場を自分たちのために保持するために、相当の努力をしていると思います。僕は、本当だったら、恐らく。。。。。。まあ、合衆国に生まれていたら、恐らくそんなことはなかったような困難に色々遭遇しました。ニューヨークに20年住んでみて、今は穏やかな気持ちで、そう言えます。何故って、僕とは逆の立場を上手く利用していると思われる輩がいますから。嫌ですね。でも、そんなことに腹を立てていても仕方がない。僕は、モントリオールのマギル大学に、いい仕事を見つけたのだから。あちらでは、僕は満足しています。とても歓迎されているのでね。僕は、人生で、沢山の素晴らしい音楽家達に遭遇して、この上ない幸せ者と思っています。
 
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© Robbert Kamphuis
フラン・パルレ:現状からすると、フランス語タイトルのCDソロは入手出来ないでしょうね。
ジャン=ミッシェル・ピルク:僕は別に反対しているわけではないけど、ジャズ業界の大多数は英語をしゃべる人達なのでね。僕のレコードをフランス語のタイトルにすることだって出来たけど。そうすると。。。。。。でも、君、CDのタイトルなんて、重要ではありませんよ。しばしば僕は、自分のCDタイトルの命名について、「何というタイトルを付けたらいいと思う?このタイトル、どう思う?」と、僕の音楽仲間に聞きました。大部分の仲間は、英語圏の人達で、フランス語圏ではないので、英語のタイトルになってしまう。ともかく、そんなことは、大して重要ではありませんよ。もし、僕一人で決めていいのであれば、僕はCDに、CD1, CD2, CD3のようにして、1,2,3といった数字をふってゆきますね。シンプルに。
 
フラン・パルレ:ジャズって、難解な音楽?
ジャン=ミッシェル・ピルク:そうとも、そうでないとも言える。でも、君、どんな音楽も、難解だと思わない?例えば、ベートーベン、ブラームス、ワーグナー。。。。。の音楽に耳を傾けた時、その難易度は高いと思いますよ。それは、芸術一般に言えることです。ピカソの作品を鑑賞した時、その絵の背後には並外れたものが隠されています。絵画に於ける沢山の技法です。ロダンの造形を例にとっても、彫刻に関する様々な技巧がみられます。ジャズやクラシック音楽の大家達の作品に耳を傾けると、君、音楽に於ける様々な知識が秘められているのが解かります。バッハの作品を聞いてみると、この人の頭の中は、もう超人的です。そうなのです。そう、ジャズだから、難解なのではありません。そのことは、音楽全般に言えることです。君、頭の中が空だったら、優れた音楽は作れないのではないかしら。でも、そうだとも言えない。音楽というものは。。。。。なんといっても、感動を原点にしているから。コンサートホールに足を運んでくる人達は、なにも、君(演奏家)から何かの説明を受けるため、君から何かを教えられるために、そこにやって来るのではないのです。その点、ジャズや、時には、現代音楽には問題があります。何と言ったらいいか、少々啓蒙的とでもいうのか。どうしても、晦渋であるべきだと。でも、。。。。。そうかと言って、聴衆に媚びた演奏や、スタンドプレーをするようにというのではなく、聴衆が何かしら感激するもの、感動するものを受けとることが大切だと思うのです。この頃は、感動しない音楽が多すぎます。音楽の出来は素晴らしい。それを支える技術力は完璧で、聴衆はハイレベルになっている。でも、僕には感動が湧かないのです。それは、多分、僕自身の問題かも知れません。とても主観的で、個人的なことだから。しかし、僕にとっての音楽は、君、何といっても、人を感動させることなのです。何かとても複雑な、溢れる程の情報技量を用いてはいるものの、それは、結局は、とてもシンプルに思える何かを創造するためなのです。ベートーベンのシンフォニーに耳を傾けてみると、実際には、非常に複雑なものが使用されていますが、それ自体は、極めてシンプルに鳴っています。僕にいわせれば、それこそが、天性の才能。。。。。偉大な技量と呼ばれるものなのです。正に、それが、この膨大な量の情報を、シンプルで、手の届く、何か感動的なものに変えてくれるのです。
 
フラン・パルレ:ジャズの聴衆は、世界中何処でも、本来、男性の方が多いの?
ジャン=ミッシェル・ピルク:いや、色々ですよ。面白いことに、時と場合によりますね。例えば、今晩のコンサートには、男性が多かったけど、昨日のワークショップには、90%、95%が女性でした。様々で、本当に、変化します。いつもこうとは思いません。一方で、演奏する側となると、その割合は、断然男性の方が多いです。残念ですね。今のところはこうですが、実際、これも変わるでしょう。素晴らしい女性ジャズ音楽家が、ますます増えて、舞台で演奏しています。喜ばしい限りです。今後も増えるでしょう。もちろん、男女の均衡がとれたらと思うけど、ちょっと時間がかかるでしょうね。どこの世界もそうです。至るところ、大切なことですが、ちょっと時間がかかるのは同じです。
 
フラン・パルレ:ちょっと話が飛びますが、音楽、即興演奏をする時、何かアリアドネの糸(道しるべ)のようなものがあるの?舞台の上で、聴衆を前に演奏する時、それは、君の気分次第? その時任せ? 一体なにを拠り所にしているの?
ジャン=ミッシェル・ピルク:あらゆることです。いや、必ずしもそうではありません。というのは、、。。。。何故ある晩は上手くいき、別の晩は上手くいかないか、前よりも出来が悪いということが何故起こるのか、僕には、いつもその謎が解けないのです。今晩は、満足です。上手くいったと思っていますよ。リラックスしていましたから、頭の中が創意に富んでいました。また、別のコンサートの場合もあります。最近起こったことです。会場に到着し、楽器があります。でも、頭の中が、空っぽなのです。こんなことは、これから何度も起こりそうな気がします。そして、よく解からないのですが、集中力が湧かない何かがあるのです。一方で、疲れていて、時差ボケで、演奏する気が起こらない、不機嫌な晩であっても、会場に到着すると、コンサートが上手くいくときがあります。僕は、あるギターリスト、とても高名なギターリストと演奏したことがあります。そんな昔の話ではありません。彼には調子が出た晩もあれば、上手くいかない晩もありました。僕は、彼ほどその違いが解からなかったけど、そのことは、当人自身が、誰よりも鮮明に感じるものなのです。案の定、彼は僕にこう言いました。「ああ、昨日は音楽になっていたけど、今日は、ダメだった」と。こういったことは、音楽家全てが体験します。そのことは、クラシック音楽家にも同じことが言えます。リヒテル(ソ連のピアニスト)の手記を読んでみると、こう言っています。「そこが、前の日には最高に上手く弾けたのに、今度と言ったら、酷いものだ。」と。君、脳は生きものなのです。機械ではないのです。ある晩は、その化学作用が成功しても、別の晩は、上手くいかないのです。不思議です。僕には、その謎が今まで解けなかったし、解いてみようとさえしなかったのも事実です。ところで、アリアドネの糸(道しるべ)だけど、それは、“君(奏者)の願望”だと思う。君に持つべき願望が不足しているような晩に、トラブルが生じるのは、そのせいです。音楽が、君をどこかへ導くのです。君がそれに上手く乗っかっていれば、音楽が、君をどこかへ誘ってくれるのです。そして、君は、そのことを感じます。そこでは、音楽が、何かを僕に演奏させていると感じる瞬間があるのです。「ああ、いいね、OKだ、その調子」と僕が言っている何かを。こんな時、僕は逆らわず、そのままに身を任せます。抵抗したら、そこから転落してしまいますから。
 
フラン・パルレ:君は、全てのコンサートを録音しておくの?
ジャン=ミッシェル・ピルク:ええ、全部録音しておきます。全部を聞きかえす為ではないけれど。第一、無理ですよ。頭がおかしくなりますよ。そのうちに、気分が悪くなってきますからね。むしろ、僕は、古記録として保存したいのです。それならいいと思います。僕は少々メガロ(誇大妄想)タイプなのかも知れません。将来、この音楽を、僕が生きている今よりも、もっと解かってくれるのではないかと思うのです。過去の芸術家達にもありました。僕には、恐らく、シューベルトやヴァン・ゴッホ症候群があるのでしょう。判ったものではありません。僕は、ヴァン・ゴッホよりは、多少成功したとしても。可愛そうに、彼を見て下さい。僕の方は、生きているうち、一枚の絵以上は売れたけど、判りません。自分の足跡だけは残しておきたいです。うまく説明できませんが、そうしたいのです。その上、一枚たりとも、録音を逃す訳にはいきません。もし、その一枚を録音しなければ、「これが、全ての中で、一番良かったのでは?」と言うでしょうから。僕は、機械的に、録音するようにしています。ピアノの上に、録音装置を置き、それから、弾くのです。ことさら気を配ったり、考えたりしません。もう自動的です。
 
フラン・パルレ:アマチュアが喜ぶかもしれません。
ジャン=ミッシェル・ピルク::だったら嬉しいですね。期待しましょう(ともかく、コンピューターには、保存されるでしょう)。或は、たとえ忘却の彼方に忘れられても、僕の子供たちが聞いてくれるでしょう。もしかしたら、彼等がお金持ちになるかもしれません。ラッキーですね。それで、子供たちが潤うというわけです。ともかく、前向きに考えます。僕はいつもこうなのです。期待しましょう。
 
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© Robbert Kamphuis
フラン・パルレ:君は、ソロで演奏したり、違ったバンドとトリオを組んだりしています。いつも同じメンバーで演奏するのはいいことなのか、それとも?
ジャン=ミッシェル・ピルク:必ずしもいいとはいえません。良かったり悪かったり。ここでも、いい点と悪い点があります。即ち、同じメンバーと回数多く演奏する時、彼らが君に必要な人達である時と、いい関係ではなく、全然上手くいかない時などがありますから。君、300回一緒にコンサートをしたところで。。。。。。。正に、一組のカップルのようなものですよ。もしも、君がその人を愛せなくなったら、期待して、結婚をしたとしても、それは上手く行きません。例外はありますけどね。でも、いつも同じ人達と数多く演奏していれば、なにか開けてくるものです。でも時には、君がそれまで一緒にやったことのない人達と演奏するとします。すると、なにか素晴らしいことが生じることがあるのです。またもや、人生と同じです。君が、一人の娘と恋におちるとします。娘といったのは、どちらかというと、僕は異性愛者だからであって、今は自分の立場でしゃべっているのです。ともかく、同性か異性のどちらか知りませんが、君が、ある人と恋に陥ったとします。そこは、君の嗜好、君の共感度にもよりますし、6か月、1年、2年かかることもあれば、瞬時のこともあります。音楽も同じです。君は、この種の発展的愛に出会い、雷の一撃に打たれ、見ず知らずの二人と共演する。すると、素晴らしいハーモニーが生まれるのです。こういうことは、君、起こり得るのですよ。
 
フラン・パルレ:長くなったので、これが最後の質問です。どんな風の吹き回しですか?(どんな虫が君を刺したのですか?)ポリテクニック生だった君が、エンジニアとして働いていたのに、音楽の方に方向転換したのは?
ジャン=ミッシェル・ピルク:僕を刺したのは、虫ではありません。僕自身が、そのことに気付いたのです。僕は色々勉強し、 学校では、優秀な生徒だったので、プレパ(Maths supとMaths spé)、グランゼコール(l’X)、Telecoms校を卒業しました。そして、当時のTDF(フランスラジオ国営放送。現在は、France Telecomの一部)に就職。次いで、音楽家への転職のことを口に出し始め、仲間たち、Telecoms校時代に知り合ったとても仲のいい音楽家達ムータン兄弟と演奏活動を開始します。彼等とは、副次的に、ずーと演奏しています。以来、35年が経過しました。信じられませんね。そして、演奏すればするほど、彼等と共演する機会が増え、色々な仲間が出来、コンサート活動を開始し、色々な音楽家達に出会うようになったのです。自分の演奏を自覚し、僕は、進歩出来るのだと気付き、僕がしてきたことは、価値のあることなんだ、僕は、超優れた音楽家達と一緒に演奏できるのだと考えるにつれ、何かが変わったのです。僕は自分に言い聞かせるようになりました。「それこそが、お前の人生だ」と。実は、毎朝、僕は、浮かぬ気持ちで、オフィスに行っていたのです。といって、僕は何も非難しているわけではありません。一緒に働いていた人たちには、いつも敬意をはらっていましたし、仕事等に関しては、一生懸命しました。数か月以来、これは、僕の仕事ではないな、だから、最優秀エンジニアにはなれないだろうなと思ってはいても。でも、ある時。。。。。。また再び同じ比較が始まったのです。結婚し、妻を持ち、全て上手く行っている男に似ています。彼は、恋に落ち、二重生活を送るようになる。次いで、ある日、恋の方を選ばなければと気が付く。愛している人を選ばなくちゃ、もはや、全く愛していない、或は、それ程でもない人と一緒にいるべきではないと。正に、こんな風なことが起こったのです。音楽、それは、僕の情熱です。僕の情熱ではないものに別れを告げ、僕の情熱の方に進まなければと。実現するまでに、多少時間がかかり、準備期間を置いて、27,8歳の時に、情熱の方に舵をとりました。最終的には、それ程迷いませんでした。僕には、その決断をしなければ、不幸せになるだろうということが分かっていたからです。不幸せなこと、それは、最大級のリスクです。そんなわけで、今の僕があるのです。
 
東京、2017年6月21日
インタビュー:エリック・プリュー
翻訳:井上八汐

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